日本認知症ケア学会・読売認知症ケア賞・功労賞の受賞に際して

日本認知症ケア学会
於・札幌・学苑館ホール

2015年5月23日

 本日主催される学会事務局から、ご挨拶・感想を数分以内でする様にとのご指示がありましたのでメモを聞き留めてまいりました。それを読まして頂きます。

 80年代の後半、バブルがはじける前、今から数えると30年も前の事になるのですが、東京で在宅ケアのヴォランティア活動を始めた仲間の4人が、信州の、とある中山間地域・過疎の村に出かけたのが機縁で、その村の村長さんと意気投合し、4人が一億円程のお金を出し合い、定員5人の認知症高齢者向けグループホーム「麦の家」を無認可で始めました。今から考えると、既に17年も前の事になるのです。

 実は、社会福祉の施設を創ってその実践に関わるという、このことは、敗戦の混乱期、夢多き中学生であった私にとって夢でもあったのです。その夢が、大学を定年で辞める歳になって実現することが出来たのですから、私は本当に果報者だと言わざるを得ません。ですから、認知症のお年寄りと生活を共に出来たこの17年というのは、毎日が本当に感謝の年・月でありました。認知症のお年寄りが紡ぎだす言葉に、どれ程教えられ、学ぶことの大きい事であるかを改めて、今皆様に申しあげたい次第でもあります。

 休耕田であったところに、夫婦棟を一棟と2軒の個人棟、それに共同棟からなる4軒の木造家屋群で構成する「麦の家」を開設しました当時の事を振り返ってみますと、グループホーム「麦の家」は、村の一部心なき人からオウム真理教と間違えられ、避けられた建物でした。ところが、信濃毎日新聞が記事として掲載してくれたのが機縁で、大学時代の教え子が麦の家の事を知り、相談を受け、教え子の母親が麦の家の最初の利用者となりました。ある日のこと、突然、厚生大臣室より、30分程の時間でGH麦の家活動について説明するようにとの電話がありました。村人の誰方か(=宮下氏後援会の人?)が、大臣に話して下さったのでしょう。平成11年のことでした。当時、厚生大臣の要職にあった宮下創平氏のお声がかりで、全国的に見ても皆無に近い単独型のグループホーム麦の家が社会福祉法人を取得することが出来たのです。

 それから、17年、私はヴォランティアとして社会福祉法人「麦の家」に関わって参りました。その間、私にとって忘れ難き入居者の方々の多くあったことを思い出します。敗戦を満州で迎え、夫を亡くし、長男を抱え、餓死の淵を彷徨いつつ帰国することを果たされた経験を語る誇り高きA婦人、Y市の名誉市民であった今は亡き夫を支えた苦労と喜びを面白ろ可笑しく物語るも、暴力を振い手に負えない患者として精神科病棟を追い出された経験をもつ姉御肌のBさん、介護職員を罵倒し、"施設"を転々と回されながらも気にせず、若き日の一攫千金を豪語し、博労で得たお金を一夜で使った思い出を語り続ける偉大なるご老体のCさんとの出会い等がありました。既に、認知症と診断された個性豊かなお年寄りが40人以上も麦の家を通過して往かれました。其の内、20人を超す方の看取りもさせて戴きました。現在、18人のお年寄りが「麦の家」で生活を共にしておられます。

 恵まれたこの17年、グループホーム「麦の家」に於ける私の認知症ケア実践の前景には、大学生活50数年を通して考え、教え、学んでまいりました社会・経済的生態系視点を基盤にした精神医学的ソーシャルワーク思考原理があります。グループホーム「麦の家」で、認知症のお年寄りと生活を共にするなかで、私は、「変化し続ける入居者とその家族の人々」と共に、私自身も変わり続けてきている経験を反芻し確知しなければならないと思う昨今です。この17年こそは、50年に亘る私の大学生活では経験することのなかったものであることを申し上げねばなりません。私はある集まりで、「認知症と言う病い(=やまい)は、老い、死に往く人への天使からプレセントされた苦き盃(=さかずき)であり、周りの人々はその盃を飲むことで、今一度、真(=まこと)の人(=ヒト)に立ち戻る機会を自らのものにすることが出来るのだ」等と話ししたことがあります。私は、グループホーム「麦の家」で認知症と言う病いを抱えるお年寄りの日常生活に共にあろうと努めるなかで、誠実に生きようとするには、あまりにも非力な自分を見出すと共に、「喜びとはなにか?」、「幸せとは・・?」を考えさせられることが屡々あります。と同時に、死にゆく認知症の年寄りに寄り添うご家族の姿に、また、人の死に介護者として立ち会わせ戴くと言う特別な機会が与えられた時、人間賛歌を、「生きる」という希望を実感することが出来たのです。私は、グループホーム「麦の家」で働く20人の仲間に恵まれてあることをも、この機会に併せて感謝したいのです。

 最後に、今一度申し上げたきことは、この度、私が、日本認知症ケア学会・読売認知症ケア賞を頂くに到りましたことは、麦の家で出会った認知症を患う年寄りの方々に、そのご家族の皆さまに、そして、そこで働くすべての職員諸兄姉に、加えて、56年もの間、私の我儘を黙して見守り、支え、励まし続けてくれた私の奥さんによるものであること改めて思うものです。

 また、「年寄りを励ます」賞でもある功労賞を頂戴しますことは、私にとって、ヴォランタリ・アクションとしてのグループホーム「麦の家」実践とは、制度や自治体行政との密なる連携のもとにありながらも、同時に、それらに挑戦し続ける「麦の家の認知症ケア」実践への更なる励ましでもあるのだと思い深く感謝申し上げる次第です。有難う御座いました。

掲載日:2015/07/14 トップページ > 麦の家からの発信 > 理事長のつぶやき > 日本認知症ケア学会・読売認知症ケア賞・功労賞の受賞に際して